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アメリカの核実験により放射性物質のゴミ箱となってしまったエニウェトク環礁のルニットドーム
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 第二次大戦以降、アメリカはネバダ実験場や、マーシャル諸島の性能試験場、その他さまざまな場所で、1000回以上にも及ぶ核実験を行ってきた。太平洋では100回以上も行われている。

 エニウェトク環礁は、40の島々から成る中部太平洋のマーシャル諸島にある広大なサンゴ環礁だ。ビキニ環礁から西に305キロ離れたところにあり、第二次大戦後、主要な核兵器の実験場となった。

 太平洋の信託統治地域の一部として米国の管理下に入る前は、チュークラグーン(トラック諸島)と東の島々との間の、飛行機の給油地として利用していた日本の支配下にあった。米国はここを海軍の前進基地と定めて無人島にし、核実験を始めた。

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 1948年から1958年の間、43回の核実験が行われた。1952年にはアイビー作戦の一環として初めて水素爆弾の実験も行われ、エルゲラブ島が消滅した。1977年5月15日、アメリカ政府は汚染された土壌などの除去を開始した。

 それから3年間、米軍は、ルニット島の北のはずれにある100メートルほどの大きなクレーターを利用し、汚染された放射性物質を含んだ土、8万5000立方メートルを運びこみ、セメントで固め、地下9メートルに埋めた。

 このクレーターは、1958年5月5日の18キロトン、カクタス核実験でできたもので、上を覆うドームはそれぞれ厚さ45センチある、358枚のコンクリートパネルからできている。最終的な除染費用は2億3900万ドル(215億円)かかったと言われている。

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 アメリカ政府はルニットドーム完成させた1980年、南西諸島の居住安全宣言を出した。この年、エニウェトク島の住人が戻ってきた。

 安全宣言が出されてから30年を経ても、島ではヤシの木や穀物が育たないという。現在も島の北半分は放射能汚染レベルが高く活用できず、住民たちは南半分で生活している。プルトニウムの半減期は2万4000年と言われているが、コンクリートの耐用年数は長くて100年と言われており、ルニットドームは、すでにひび割れも始まっている。しかしドームは立ち入り禁止区域にはなっておらず、誰でもこのドームを訪ねることができ、上を歩くことができるという。

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Google mapでみるエニウェトク環礁
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ルニットドームを歩く観光者


※この記事は海外サイトの原文に基づいて意訳したものです。
via:1Runit Dome: The Radioactive Trash Can on Enewetak Atoll

☆コンクリートの耐用年数なんて、一般の人、誰も考えんわなぁ!

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