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宇宙人はいるはずなのに遭遇できない。「フェルミのパラドックス」に関する、最も説得力に乏しい7つの解答
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 人類が直面する最大の難問の1つに、地球外生命体はいるかという問いがある。未だに宇宙人との接触がない理由については、これまで多くの説明がなされてきた。地球外生命の存在可能性が高い一方で、彼らとの接触が皆無であるという矛盾は、フェルミのパラドックスと呼ばれている。ここではその難問に対する最も説得力に乏しい7つの解答を紹介しよう。

1. 異星人には地球に辿り着くための十分な時間がなかった
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 フェルミのパラドックスには3つの確たる前提がある。

1) 我々の銀河は132億年というはるか昔から存在していた
2) 知的生命体は銀河の極初期から出現可能である
3) 異星人は天の川を訪問し、植民化し、あらゆる部分を再形成するだけの時間がたっぷりとあった

 というものだ。そのため、この解答はこれらに対して真っ向から挑戦している。だが、ここにある解答の中では最も考えにくいものだろう。 

 今年の始めには、地球型の惑星は112億年前、つまりは天の川が形成されてからたったの20億年で現れ始めたことが判明した。また、潜在的に居住可能な惑星の量は、過去も現在も含めると膨大な数に上ることも明らかとなってきた。最近の計算では、我々の銀河だけで数千億個はあると予測されている。こうしたことから、フェルミのパラドックスはますます難問化しているのかもしれない。

2. 星同士が遠過ぎる
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 かつてSF作家のダグラス・アダムスが、「宇宙はとにかく広大だ。その広さ、巨大さを信じることなどできまい。想像できる範囲を遥かに超えた大きさなのだ。薬局までの道のりを遠いと感じるかもしれないが、宇宙からみればピーナッツのようなものだ」と述べたことがある。

 そう、宇宙は紛れもなく巨大なのだ。だが、これが本当に地球外生命と遭遇できない理由足り得るだろうか? この解答で上手く説明するためには、あらゆる異星人文明が宇宙は広大過ぎ、星間旅行は技術的に不可能だと見なしている必要がある。それならば、人類を見てみるがいい。我々は既にボイジャーによって星間旅行を実施している最中であり、こうしたミッションを遂行するためのビジョンにもこと欠かない。

 そして実に、最初の星間旅行者はフォン・ノイマンが考察したように、自己複製する形態をとる可能性が高い。これには指数関数的に拡大する探査機が含まれており、理論上は早ければ1000万年で銀河を植民地化するだろう。宇宙論的に言えば、大して長い時間ではない。112億年の間には、わずか1つの文明が1120回も銀河を植民化し得たということだ。

 また、精神をアップロードし、星系同士の間を光速で伝達させる可能性もある。SF作家チャールズ・ストロスの言を借りれば、宇宙船は神話に過ぎないのだ。つまるところ、星々の距離が遠過ぎるということはない。

3. 異星人はプライム・ディレクティブを遵守している
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 今を遡ること1972年、ジョン・ボールは動物園仮説を提唱し、高度に進化した地球外生命はあえて人類との接触を控え、安全なところから我々を観察していると主張した。その理由は生物学的または社会学的な交雑の回避、あるいは純粋な科学や娯楽目的であるそうだ。

 しかし、この解答にも多くの問題がある。第1に、検証不能であるどころか、どこか陰謀じみていること。そして第2には人間中心的な思想であることが挙げられる。動物園仮説は、全異星人が倫理感、科学的探求、娯楽において全く同じ動機を有していると想定しているのだ。この段階まで発達した地球外文明なら、ポスト生物とでも言うべき性質と人工超知能を備えている可能性が非常に高い。彼らにとって我々など微生物にも等しい存在だろう。
 
 また、こうした態度は倫理的な面からも疑問が残る。問題山積みの地球に介入し、人類を銀河のコミュニティに参加させる方が責任ある態度と言えるのではないだろうか。さらに中には違反する異星人文明だってあるはずなのだ。それにはこの見せ物を台無しにするだけでいい。

4. 神は人類だけのために宇宙を創造した
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  この宗教的な議論は、神が創り出したもうた存在は人類だけであるとして、パラドックスに解答を用意する。アリストテレスやトマス・アクィナスにまで遡れる思想であるが、今日でもしっかりと生きている。

 しかし、カール・セーガンが述べたように、我々しか存在しないのであれば、なんという壮大な空間の無駄遣いなのだろうか。神が我々だけのために宇宙を創造したというのなら、なぜ無尽蔵とも言える星々が存在するのであろうか? さらに、なぜ生物が生存できる宇宙が、宇宙論的な視点からは全体に一貫して広がっているのだろうか? 我々が宇宙でただ1つの存在である可能性は確かにあるが、神を持ち出さなくても、もっと上手い説明があるだろう。

5. 異星人は地球に訪れたが、既に去ってしまった
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 異星人はかつて太陽系を訪れたが、既に去った後だという主張もある。彼らによれば、火星にある顔やピラミッドなどの遺跡はそうした名残なのだそうだ。もちろん火星の顔が地球外に起源を持つという説はすでに論破されているし、ピラミッドについてもその建設方法は納得の行く説明がある。異星人を持ち出すような議論はセンセーショナルに過ぎ、根拠にも乏しい。

 かつて訪れてはいても、その痕跡はないと主張する者もいる。しかし、これはいくつかの理由によってありそうもない。まず、地球外知的生命体の進歩の波は、その過程で役に立たない物質を、例えばコンプトロニウム(computronium=プログラム可能な仮想の物質)のようなより便利なものに転換するなど、実質的に全てを再構成するだろう。また、あらゆる生命を自分たちの文明に組み込んでしまうという可能性もある。さらに銀河の年齢とその一応は親生物的な構成を鑑みると、様々な文明が我々の太陽系を繰り返し訪れたはずなのだ。にもかかわらず、この主張によれば、地球に留まった者はおらず、また如何なる痕跡も残していないというのだ。ありえないだろう。

6. 既に地球にいる!
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 いわゆるUFO研究者は、異星人は今ここにおり、やたらと原始的な空飛ぶ円盤やら、奇妙なほど人間中心的な姿やら、大量の誘拐事件やらで、無力な人間を苦しめていると主張してきた。一言で言えば、ノーだ。

 晩年のカール・セーガンは、こうした主張についてほとんど都市伝説だと述べている。

 誰かが自分に何かが起きたと話すと、人々が何かを言う。誰かが何かを話したという事実は、それが本当の話であるということではない。彼らが嘘つきだと言っているのではない。それが真実であることを意味していないと言っているのだ。

 真剣に受け止めるなら、疑い深い科学者たちが暇つぶしに調査可能な物的証拠が必要だ。

 …だが、宇宙船の残骸や内部の写真もなく、船長の航空記録からとられたページもない。全ては話しだけのことなのだ。荒れた土壌の事例はあるが、私だってシャベルで土を乱すことはできる。UFOの光を見たと主張する人々もいる。だが、飛行機のパイロットだってライトを使えるし、UFO愛好家を揶揄ってやろうと思っていたならなおさらだ。つまり、そういったものは立派な証拠にはならない。

7. 異星人の捜索はまだ始まったばかりだ
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 地球外生命体の本格的な探査が1960年代のオズマ計画によってようやく始まったというのは本当だ。宇宙を調べ始めてわずか55年しか立っておらず、まだまだ多くの領域が手つかずのまま残されている。

 当然、誰も電波を発していない可能性はある。目下のところETの注意を惹くような地球外知的生命体探査(SETI)の是非について議論なされているが、異星人が皆人見知りなら、この計画は失敗に終わるだろう。

 だが、異星人が本当に我々に気付かせようとしたら、それほど難しいことではないはずだ。理論的には、ブレースウェル探査機という通信ビーコンをあらゆる星系に滞在させ、天の川に信号を送る可能性が高い。これは我々との通信にも利用され、一連の通信ステーションを介して確認信号を母星まで送信するのだ。別の可能性としては、我々のような原始的な文明でも捉えることができるほど、超強力な無線または光学信号を発することも考えられる。

 これは人間よりも遥かに高度な文明にだけ当てはまる話だ。SETIは技術的発展レベルにおいて我々と同等レベルの文明を探し続けるべきだろう。

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via:io9

☆難しいぃ~!

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